たのしい工学

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理屈として、正しいことをやることが正解ではない

   

どうも、アイザワです。

今日は、人のいろんな選択についてです。

ついついばかをやる

よく、ああいうことをするのはばかなやつだ、とか、何も考えてないな、とか、そういうことを言う人がいると思います。で、たしかにそういう人って大きくは馬鹿なことをやっているのかもしれないんですけど、その人としてはかなり満足のいくことだったりするのがおもしろいんじゃないかなあって。客観的に言えば、間違いで、主観的には、正解。そういうことが生きていると選択肢としてあると思うんです。

たとえば、仕事。仕事をやるうえでの正解ってなんでしょう。傍目から見て、仕事の正解っていうと、成果を上げることだと思います。じゃあ、成果を上げるとどうなるか。健全な組織なら、出世するんでしょう。で、そのまま上り詰めていくと、どうなるかっていうと、役員とか、社長とか、取締役とか、そういうものになる。っていうのが、組織で仕事をする人の出世ルートではないかと。なので、仕事の正解っていうのは、偉くなって、組織全体を管理する人になるってことなんでしょう。

じゃあ、みなさん、偉くなって社長になりたいか?って話になってくると、どうなのでしょう。まあ、社長って言っても、何やっているのかイメージつかないってのもあるかもしれませんが。たとえば、研究をやりたい人が、偉くなって、研究所所長になってしまい、雑務に追われ研究の時間がとれないという話を聞いたこともあります。このように、いつまでもプレイヤーでいたいっていう人だっているはずです。所長となることは、傍目から見ると、出世した偉い人って印象ですが、それを本人がやりたがっているかはまた別だということです。つまり、そのポジションにつくことが正解だとは限らない。一見、正解に見えるんですがね。

という感じのことって、世の中には、たくさんあると思います。結局は、じぶんだけが納得できる正解があって、それはじつは人からは理解されないものだったり、説明ができないものだったりする。人は、他人に説明できるような理屈で、あたまでは正しいってわかっていることを選択することが難しかったりする。じつは感情、感性が優先されて決定されることのいかに多いことか。でも、それって間違いではないんですね。その人が満足していればいい。たとえ説明しようとして言葉にすると矛盾していても、なんとなく満足していれば、これでいいんだってことが、この世にはあると思います。

いつだって、じぶんの胸に耳を傾けることが正解です。じぶんの声が聞こえなくなったら、少し気晴らしに行くのもいいですよ。

ではでは!

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